秋川地域ジオパーク構想について

秋川流域ジオパーク基本構想

  1. ジオパークの推進によって、地域の活性化に寄与します。
  2. 秋川流域の地学遺産を保全し、後世へ伝えていきます。
  3. 日本ジオパークネットワーク準会員となり、日本ジオパークの活動に、積極的に貢献していきます。
  4. 小学生から高齢者まで、地元のあらゆる世代が、地元へ愛着を深め、生涯学習の進展に寄与します。
  5. 関係機関や団体と地域住民と協働して、ジオパーク活動を推進していきます。

秋川流域ジオパーク構想の概要

秋川流域の3自治体(あきる野市・日の出町・檜原村)で作る秋川流域ジオパーク推進会議は、「はるか3億6千万年のたび」をテーマとして、日本ジオパーク認定を目指して活動をはじめました。
秋川流域は、地形的には関東山地の南東部に位置しています。ここは、日本列島のへそのような所になります。西南日本と東北日本の接点のような場所にあります。そして、日本列島の地史の解明にあたって、重要な位置を占めています。関東山地は全体として帯状の配列をしています。
この帯状配列の主なものは、南から四万十帯と秩父帯と黒瀬川帯などの各帯などです。これらの各帯の境界にはそれぞれ構造線(断層の集まり)が走っており、付加体や海山型石灰岩があったりして、多くの地学的現象が見られます。
秋川上流域の西縁三頭山には、750万年前に貫入した石英閃緑岩の岩体が見られます。秋川中流域には、新第三紀の地層が広く分布していて昔から化石の宝庫とされてきました。秋川流域の分水嶺となっている山地には、昔から、人の行き来が盛んで、縄文時代からこの分水嶺の道には人通りがありました。
各種の地学的遺産や文化的遺産に触れながら地球を体験しながらハイキングを実施することができます。

地質現象の野外博物館と縄文人の息遣い

秋川流域は、明治時代から多くの地質家の訪れる場所でした。この場所には多くの地質現象が各所に見られます。関東山地南東部のこの地域は、大地の壮大なヒストリーを反映して成立しています。秋川流域ジオパーク候補地は、色々な地質現象を観察するのに適した場所の一つです。
旧石器時代から人々の生活の場となっていて、各時代の人々の息遣いの感じられる土地なのです。

秋川流域に見られる地層の地質時代秋川流域に見られる地層の地質時代

衝突した太平洋の海山が作る大地!

奥武蔵地域の地方の地質図奥武蔵地域の地方の地質図

見どころ各所

1.遠くから運ばれてきた
「オリストリス」

秋川上流域の御前山や大岳山などの山々は、フズリナが生きていた時代から、魚竜の生きていた時代まで遠い海にたまった堆積物で出来ています。遠い深い海底でたまってできた地層は、海洋プレートに乗って日本近海へやってきた海山や珊瑚礁の残骸は、日本列島に沈み込んで付加体を形成しました。
深い海では、石灰分からなる有孔虫の殻は、深海に達する前に溶けてしまい、深海にたまりません。しかし、珪酸分は溶けないので、珪酸の殻からなる放散虫が死んでたまった放散虫軟泥が見られます。この軟泥が続成作用を受けて岩になったのがチャートです。チャートは硬いので火打石に使われました。また古代人は石器の材料として使っていました。
勝峰山には、海山の頂上にあった珊瑚礁がオリストリス(異地性岩塊)として取り込まれた石灰岩体があります。海山を形作った火山が噴出した枕状溶岩の痕跡が日の出町坂本に見られます。このように全く周囲の岩石と岩質と異なる岩石が取り込まれているものを異地性岩体(オリストリス)と言います。

2.各構造帯とその境界断層
-黒瀬川構造体

日本列島は、大まかには帯状の構造をしています。そのうち、平井川流域は秩父帯北帯と秩父帯南帯に分かれています。秩父帯北帯と同南帯との境界には黒瀬川構造体と呼ばれる特殊な地帯があります。また、岩井断層と日向和田断層に挟まれた地帯でもあります。この地帯は更に東方へ千葉県銚子市まで伸びています。黒瀬川構造体は、愛媛県西予市に典型的に見られるものです。

3.変動する大地
-第三紀層の変形

秋川河床の直立する地層 五日市町層群秋川河床の直立する地層 五日市町層群関東山地の東縁部では、今から1500万年前頃の第三紀中新世の中頃に海が広がりました。この海は急深で、その海の周囲は、古期の岩石からなる崖がそびえていました。この海にたまった地層を五日市町層群といいます。
この地層の中からは、サメの歯・貝類・植物類・魚類・シャコの爪などの多くの化石類を産出します。この海の海水温は、オーム貝の化石を産することから、この海には暖流が流れ込んでおり、かなり暖かったと考えられています。また、この海にはカバの仲間のパレオパラドキシアという哺乳動物が住んでいました。

4.マグマの活動
-三頭山の石英閃緑岩

秋川流域の最も西端にある三頭山とその周辺には、四万十南帯の小仏層群と約750万年前に貫入した石英閃緑岩が見られます。石英閃緑岩の周囲にはマグマの熱で変成されたホルンフェルスが見られます。この岩石は非常に固く、しばしば、この岩石が分布するところでは、滝がかかっています。

5.関東山地南東麓の三角州性扇状地
-六枚屏風岩

五日市砂礫層がたまったころ、関東山地の麓には海が迫っていました。その海はたいへん浅く三角洲の発達する場所でした。そこに扇状地性の礫層が流れ込んでたまっていました。秋川沿いで、この地層が現れているのが六枚屏風岩なのです。この地層に相当する地層の中からミエ象やアキシマ鯨などの哺乳動物の化石が発見されています。

6.五日市湖成層の生成

五日市湖成層がたまった頃は、時々箱根火山が噴火していて、そこから噴出した火山灰が積もったこともありました。この湖は約7万年間継続しました。この湖には、珪藻が住んでいました。

7.古代人が暮らしていた大地

秋留台地には,秋川流域の鮭を求めて多くの人々が住んでいました。居住の痕跡は、前田耕地遺跡や瀬戸岡遺跡などに残されています。前田耕地遺跡では多量の鮭の骨が発見されています。

8.歴史を背負った大地

秋川は、かつては水量も多く、木材を運搬するのに筏流しが行われていました。江戸開府以来石材の需要が高まって伊奈石が切り出されようになりました。高度経済成長期には、セメントの供給のためにさかんに勝峰山の石灰岩が利用されました。

9.水と地形

秋留台地には、段丘崖や段丘の末端部で豊富な湧水があります。白瀧神社の段丘崖の湧水やニ宮神社のお池などはその例です。また、養沢川の流域には、海山の頂上に発達した珊瑚礁の名残の石灰岩層にできた鍾乳洞があります。
地形の傾斜が変わるところを遷急点といい、こういうところにしばしば滝ができます.